信頼できる人、できない人
「仕事ではプログラム書くけど、家帰ってからはやりたくないね」
なんて言う人と仕事出来るでしょうか。俺はお断りです。
それでも、仕事を適当な品質であげてくれるなら良しとします。本当は全力でやってもらいたいですが、仕事のとらえ方は人それぞれ。ソレナリの成果が出てこれば「仕事仲間」としては信用します*1。
しかし、技術者としては信頼できない。今日より明日は少しでも良いプログラムを、ってワケじゃないが、気になることがあれば自宅でちょっと調べるぐらいはやってほしい*2。別にプライベートの時間をぜんぶ技術・知識向上に使えとは言わないが、家でプログラム書きたくない、ていう台詞はちょっとどうかと思う。
それはうまくいく制度か?
Googleの様に、業務時間の20%は個人の自由にしてよろしいという仕組み
でまぁ、そーゆー人たちにはそーいう制度は意味無いよなぁ・・・と思いました。
内側から見た富士通の成果主義のくだりみたく、しょっぱい成果が山のように積みあがるか、無視されるか、形骸化されるだけだろう。そんな状況じゃどうせロクな評価もせずに「この前はAさんに+評価上げたから次はBさんかな」とかんなる*3。
googleの例のやり方は、すごい人間しかいない環境だからこそ真価を発揮する。優秀な人間しか採用しない、アイデアだけでは誰も見向きしない、動くモノが無ければ評価されない、そして重要なのが、出来たものの価値を評価できる人間だらけな環境。
理念を理解せずに制度だけ持ってきても成果主義と同じ道をたどるでしょう。
てか、なんか非難してるみたいですが例の制度はものすごく羨ましいです。googleに入るのは100%ムリだけど、いつかはそういう組織で働いてみたいです。