kagamihogeの日記

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海上護衛戦

海上護衛戦、と「戦」の字はついているが、大砲でドッカンドッカンするような派手な描写は一切無い。本書は、海上護衛戦というタイトルの字面からはあまり想像できない、第二次世界大戦中の日本の海上交通線の確保に関して、当時の海上護衛司令部参謀・大井篤 - Wikipedia 氏が淡々と書き連ねた貴重な一冊。本書の初版は昭和 28 年と終戦後わずか 8 年で出版されている。本書の内容は日本の軍事的な内情について赤裸々に書いているのだけど、そのような時期にこのような本が出ていたことにも驚いた。

海上護衛戦というのは簡単に言えば、船舶によって物資を採取したところから加工・使用で必要なところへ運ぶことを護衛することにある。非常に地味な仕事ではあるがこれがしっかりやれているかどうかが国力を左右する。また、日本のような島国が近代的な生活をするには絶対不可欠な事案でもある。我々日本人は普段そのことを意識することはないが、船舶輸送は莫大な資源を遠隔地から一気に運ぶ唯一の手段といってもよいことぐらいは覚えておいても損はないだろう。その量は航空機や鉄道、トラックなどでは到底及びもつかない。物資輸送はこれら複数の交通手段を適宜組み合わせることが勘所となるのだけど、その辺りの議論は本書の範囲を超えるので割愛しておきたい。興味のある諸氏は 補給戦―何が勝敗を決定するのか - kagamihogeのblog軍事とロジスティクス を読まれたい。

本書の大半は第二次世界大戦中において日本の軍部がいかに海上交通線について軽視していたかが延々と書かれている。前半で著者が回顧しているように、当時の日本の国力や海上輸送能力を見ればアメリカには絶対に勝てるわけがないことがデータを通してみるとよくわかる。著者が言うように、民族の安全ひいては海上交通線の確保を目的として戦争を行うべきであったとしか言いようが無い。

日本の軍部は海上交通線を軽視し、艦隊決戦に拘り、挙句の果てには海上護衛司令部を連合艦隊の下に置く組織体制までとってしまう。アメリカが国家戦略として海上交通線の確保を掲げていたのに対し何ともお粗末なことではあるが、本書の価値はそうした過ちを二度と犯さないよう反面教師として読むところにあるのだろう。本書が出版された頃は「血湧キ肉踊ラザル戦記」などと評されたそうだが、そうした読み方は少々勿体無い。

そうした日本のグダグダっぷりとは反面、アメリカは実にしたたかで正しい戦略・戦術を取ってきたことが本書から読み取れる。開戦当時のアメリカからしてみれば注力すべきはヨーロッパ戦線であり、太平洋という大きな海を挟んだ日本に対しては正面からぶつかるべき相手ではなかった。よって、潜水艦による通商破壊作戦を取ったのは正しく効果的であり、また日本側は脆弱な海上護衛戦力ではなす術も無かった訳である。本書を読んでみればわかるが、いかに日本が組織的にグダグダでアメリカが理詰めで正しい攻め方をしてきたのかが良く分かる。

本書で面白いなと思ったのはアメリカ側の資料をふんだんに参照している点が挙げられる。各種の資源の備蓄量や輸送量など統計データや撃沈数などは著者自身の記憶や記録とアメリカ側の資料と逐一つき合わせを行いながら書かれている。アメリカ側のほうが記録や検証・研究をしっかりやってる点は進んでいたことが見て取れる。また、アメリカが潜水艦作戦を効果的に遂行できるよう設けた研究機関には、軍事の専門家以外を招聘していた事実も興味深い。物理学者はまだわかるが、なんと生物学の人間すら呼んで多角的な研究を行っていたという。しかもそれがちゃんと機能していたというのだから驚きである。産官学の連携というのは恐らくこういうものだと思うが、アメリカの底力に凄さに改めて驚かされた次第である。

海上護衛戦 (学研M文庫)

海上護衛戦 (学研M文庫)